用語集

ボリーン【ジュエラー/メゾン】

Bolin

18世紀末にA. G. レンプラーによってサンクトペテルブルグに創立されたロシア最古のジュエリラー、ボリーンは1796年にロシア皇帝の宮廷御用達のタイトルを賜った。19世紀に入って、レンプラーの下で働いていた義理の兄弟でスウェーデン人のゴットリーブ・エルンスト・ヤーンとドイツ人のカール・エドゥアルト・ボリーン(1805-1864)がメゾンを引き継ぐ。ロシア国外にも著名なジュエラーとして聞こえるようになるのは、特に1851年のロンドン万博での目覚しい成功によるもので、ロシアの他の宮廷ジュエラー2社とともに出展した彼らのジュエリーは、多くの批評家たちによって、当時ヨーロッパ随一を謳われたパリの著名なジュエラー、ルモニエの出品したスペイン王妃のディアデムをも繊細さにおいて凌駕する完璧な仕事振りとして賞賛された。1870年にサンクトペテルブルグで開催された汎ロシア産業博覧会では、ロシアの他の宮廷ジュエラーを始めイタリアのヴィットリオ・エマヌエレ国王の御用達を含む11のメゾンが競ったが、ボリーンがロシア筆頭であることを改めて認識させる結果となった。その功により、ボリーンは最も名誉ある権利である、ロシア帝国の紋章使用の勅許を賜る。ボリーン社はその全歴史を通じて、宝石の選択とそれらの配置および繊細にして精緻かつ洗練されたマウントによって名声を博し続けた。