作品名 | アクアマリンとエナメルのドラゴンティアラ |
制作年 | 1900年 |
制作国 | フランス |
制作者 | ジョルジュ・フーケ(アトリビュート) |
素材 | ゴールド、エナメル、アクアマリン、シルバー |
ゴールドのシードラゴン(海龍)のジュエリーは蛇にも似た胴体がブルーでアウトラインを着けられるとともにフォイルを敷いた様々な色合いのグリーンのクロワゾネエナメルで覆われている牙はファセットの施された大きなクッションカットのアクアマリンを噛み、グラデュエーションされた4枚の鰭にもそれぞれ1石のクッションカットのアクアマリンが、コレットセッティングによって留められている。作品は、着用者の頭に着けるためのフレームにマウントされている。
ジョルジュ・フーケ(1862-1957)は1895年に一家の長としてファミリービジネスを受け継ぎ、ルネ・ラリックの作風を手本としてそれに倣うが、たちまちにして宝石の価値よりも芸術性に重点を置く代表的なアール・ヌーヴォーのジュエラーとして名を成した。リュ・ロワイヤル6番地の有名な店は、チェコのアーティスト、アルフォンス・ミュシャがデザインしたものだが、そこを本拠地にフーケはパリと同じく海外にも作品を展開した。サラ・ベルナールのためのミュシャのデザインを実製作しただけでなく、光を捉えるクロワゾネとプリカジュールエナメルの技術のマスターである、エティエンヌ・トゥレットを雇ったが、その成果がここに示されている通りである。
全てのフーケのジュエリーはアール・ヌーヴォーの精神と一致しており、自然界からインスピレーションを得ているが、海藻や貝、魚、真珠といった海に関連したテーマを専門としたように見える。ここにあるように、美しくニュアンスを出したブルーおよびグリーンエナメルを、さらに彼のお気に入りの宝石である海のグリーンを讃えたアクアマリンを用いているからである。実際にフーケが「アクアマリンの父」という名前を得たのは彼が惜しみなくこの宝石を使ったからである。
このジュエリーは自然界の獰猛なパワーが非常に豊かな表現力で表されているが、恐らくは劇場的な容姿を具えた女性からの特注によると思われる。彼女はメインストリームのジュエラーたちによるダイヤモンドのヘアオーナメントに代わるものを着用することによって、自らの個性を表現したいと願ったのであろう。盛大な晩餐会やエレガントなパーティの席で、巻き毛がうなじまで垂れるヘナ色の髪の高い位置に固定された、この草分け的存在のティアラは、モダンスタイルジュエリーのオリジナリティを求める彼女の趣味を劇的に顕示したであろうし、また大いに関心の的となるものだが、今日もなお明日にその状態を保っている。
同時期のフーケの海からインスピレーションを得たその他のジュエリーの実例は、装飾美術博物館による『フーケ一族、パリの貴金属商&宝石商 1860-1960』(パリ刊、1983年)80-81および84-85ページ、同じくV.ベッカー著『アール・ヌーヴォー・ジュエリー』を参照のこと。