制作年 | 19世紀初頭 |
制作国 | イタリア |
制作者 | ニコラ・モレッリ |
素材 | アゲート、ダイヤモンド、ゴールド、シルバー |
サイズ | L48mm W36mm |
傑出した歴史的なゴールドのオーバルのメダイヨンには、積層アゲートにナポレオン1世の胸像を彫ったカメオが配され、ビーディングを施したゴールドの縁取りが施されている。ナポレオンは右を向き、ダイヤモンドをあしらい、リボンで結んだ月桂樹のリースを冠し、首元のオールドカット・ダイヤモンドをパヴェ・セットしたドレープは頭文字のNを配したブローチで留められ、さらに象徴的なゴールドのミツバチがピン留めされている。カメオのショルダーの断面にMORELLIの名が刻まれている。後年、ブローチとする金具が取り付けられた。
皇帝ナポレオンから大臣のバッサーノ公爵に贈られたもので、以後その子孫に受け継がれてきた。
油絵の肖像画がローマの聖ルカ国立アカデミーに収蔵されているニコラ・モレッリ(1771-1838)は、19世紀の初めに同市で活動していた傑出した宝石彫刻師グループのひとりであった。彼は古代ギリシャではじまり、皇帝アウグストゥス(B. C.63―A. D. 14)の治世下に完璧の域に達し、後に16世紀および18世紀にリバイバルした、レリーフまたはインタリオのミニアチュール・ハードストーン彫刻の洗練された芸術の最後の盛期を代表する人物である。次いで、ナポレオン帝政時代には、これらの宝石彫刻師たちの主要な仕事は、社会の秩序と安全に責任を負う君主を、他の人びとよりも優れた人物として表現することであった。このような意図から、モレッリはナポレオンを、聡明な若き軍事的英雄であり、国民を奮い立たせる優れた政治家としてカメオに表現した。ナポレオンの宮廷画家であるJ.L.ダヴィッドによって“美しく純粋にして古代彫刻さながらに見事である”と評された気高き横顔は、カメオ・アビエの技法で施されたダイヤモンドのディテールによってさらに引き立てられている。このダイヤモンドの輝きによってカメオを際立たせる技法は、ローマの宝石商が、教会や国家の君主たちからの特別な注文に用いていた。ナポレオンが、勇敢なネイ元帥の妻であるモスクワのプリンセスや、1804年に自身の母親に贈った個人蔵のリングにも、同様のアビエが施されたモレッリ作のインペリアル・カメオが配されている。同じくモレッリによる最も印象的なヴァージョンは、背面のラピスラズリのプラークに、チェイシングによるゴールドの稲妻を掴む鷲があしらわれており、ナポレオンがセント・ヘレナ島に幽閉されている際に、イギリス人のナポレオン賛美者であり、東インド会社創立者のひとりであったウィリアム・フレイザーに送ったものである。肖像カメオにおけるモレッリの高度な水準は、卓越した弟子であるベネデット・ピストルッチ(1784-1855)によって受け継がれた。ナポレオンは自らの肖像をギフトとして贈ることの政治的目的を十分に理解していた。それらはメダイヨンやリングだけでなく、褒美や重要な出来事の記念の品として男性用の嗅ぎ煙草入れや女性用のその他のジュエリーにもマウントされた。本作では、彼の個人的な頭文字であるNとともにミツバチが配されているが、フランスの王位についた以前のブルボン家の王たちのフルール・ド・リスと自らを区別するためのシンボルとなっている。これらのミツバチは、フランク王クロヴィスの父親のキルデリク(458年没)の遺体のまわりに巻かれたマントを覆ったハチにインスピレーションを受けたもので、古代ローマの作家プリニウスやヴェルギリウスもミツバチの勤勉さと倹約を称賛し、「彼らは君主なしには生きていけない」とミツバチの君主に対する忠誠心を指摘している。