制作国 | 未詳 |
制作者 | イタリア(カメオ) |
素材 | アゲート、エナメル、ピンクサファイア、ダイヤモンド、ゴールド、シルバー |
ヘンリー・ハワード、第4代カーライル伯爵(1694-1758)
最も早くかつ成功したイギリス人の古典芸術作品のコレクターの一人であるロード・カーライルは、ヨークシャーの荒地の中にある自分の豪華な邸宅キャッスル・ハワードのための大理石像と絵画を購入する目的で1714年にイタリアへの旅に出発し、1738年に帰国した。彼は多くの美術品を購入し、キャッスル・ハワードの広大なスペースを胸像や立像で満たしたことに加えて、主要なディーラーであるローマのベリサリオ・アミディとフランチェスコ・デ・フィコリーニ、さらにヴェネツィアのアントニオ・マリア・ザネッティから印象的なカメオとインタリオのコレクションを購入した。裕福で学識のあるイギリス人貴族として、彼は販売するためのカメオとインタリオを所有しているローマの王侯のようなオットボニやバルベリーニ、サケッティ一族に対して出入りの許可を与えるとともに、彼らにゴールドウォッチやマイセン磁器といった贅沢品で支払うことも可能であった。これらのカメオとインタリオの評価は極めて高かったために彼の所有する大理石像よりもはるかに高価であった。しかしそれらに情熱を傾けていたロード・カーライルはいかなる高価なものであれ、特にそれらがサインされているものであれば喜んでその対価を支払った。クオリティに対するその眼によって、彼は同じく下記に記された3点の宝石彫刻に代表される古代ギリシア・ローマ以降の実例もコレクションした。彼のコレクションの大半は1889-91年に大英博物館によって購入され、O. M.ダルトンによる『 Catalogue of the Engraved Gems of the Post Classical Periods(古典以降の彫刻した宝石(インタリオ)のカタログ)』(1915年)およびH.B.マーシャルによる『Catalogue of the Engraved Gems and Cameos, Greek, Etruscan and Roman(ギリシャとエトルリア、ローマの彫刻された宝石とカメオのカタログ)』(1926年)に掲載されている。その折これら3点は見落とされたようだが、おそらくはそれらが当コレクションの大多数を収納していた“物珍しく象嵌されたチェスト”には入っていなかった小さなボックスに仕舞われていたからであろう。この伝存は、今日の芸術愛好家にとって申し分のないプロヴナンスを備えた、最も啓蒙されていたイギリスの貴族階級の趣味とエレガンスを要約するグランドツアー・クオリティのカメオの鑑賞を可能にしている。
– ライオンを手なずけているキューピッド –
L42mm x W26mm
この積層アゲートのカメオは、ライオンに乗りかかってたてがみを掴もうとしている後ろから見たキューピッドを示している。彼は二人のニンフに見られており、一人は裸で、もう一人はひらひらとしたドレープを纏い、外側に広げた手にタンバリンを持っている。輪郭の下には、「アレキサンダーが私を作った」を意味するギリシャ文字ALEXAND E (POIEI)と銘刻されている。このカメオは17世紀後期に鋳造された縁を伴うゴールドペンダントにセットされており、その裏側は “にじみ止めの粉をまいた”(または点刻された)アカンサスの葉が覆うとともに、提げ環にはゴールドのスクロールを両脇に配したブリリアントカット・ダイヤモンドのクラスターが配されている。
生まれがキプロスであったためにイル・グレケット(小ギリシャ人)として知られる、イタリアをあちこちと巡回してキャリアを積んだアレッサンドロ・チェザティによるこの著名なカメオは、ジョルジョ・ヴァサーリによって著書の『Lives of the Most Eminent Painters, Sculptors and Architects(最も優れた画家と彫刻家、建築家の生涯)』(1568年)の中で称賛されている。「優美におけるその他のすべてをはるかに超えて完璧さと多彩さはイル・グレコと異名を付したアレッサンドロ・チェザティのレリーフ状のカメオやインタリオの宝石彫刻のために、同じく鋼の金型に彫りを非常に美しい方法で仕上げるとともに、それ以上のものは何ひとつ見出し得ないそのアートの繊細な洗練に対する最高の勤勉さと熟達を持ってその鏨を使用した(中略)彼が彫刻を施したことによりカメオの作品となった宝石も多数存在するが(中略)まるでライオンに生命が宿ったかのような作品もある」。とても小さなキューピッドの並外れたパワーは、厳然たるタッチで服従する大きく獰猛なライオンによって示されている。このカメオは古典時代のモデルに基づいてはいないが、チェザティ独自のデザインで、彼が耐性のある積層アゲートの5つ以上の層を活用したその熟達と同様に、オリジナルかつ証拠であり創造的な精神の証拠である。
– ゴルゴンの頭像 –
L46mm, W35mm, H7mm
この積層アゲートのカメオにはゴルゴンのマスクが彫られており、髪の毛は先まで逆立ち、目は恐怖で大きく見開かれ、彫り残されたブラックとブルーの層の縁を伴う。それにはギリシャ文字でDIOSK (OURI) DOUと銘刻されているが、これはアウグストゥス皇帝の庇護を受けたギリシャ人宝石彫刻師の名前である。このセッティングは、提げ環の下でリボンに結ばれたピンクサファイアのガーランドと4個のブリリアントカット・ダイヤモンドで縁取られたゴールドの縁でアウトラインが付けられている。
この時代と特性を持つカメオの上にある、DIOSCOURIDESのサインを本物として受け入れることは不可能である。O. M.ダルトンの『Catalogue of the Engraved Gems of the Post Classical Periods(古典以降の彫刻した宝石(インタリオ)のカタログ)』(1915年)作品の引用72ページは、大英博物館のコレクションのうちの50点から60点の古代の偉大なアーティストによるサインが入ったカメオとインタリオは以前は本物として受け入れられて、その中のいくつか、例えばno. 54はDIOSCOURIDESの作としてカタログに掲載されていた。P.フォン・ストッシュの刊行物『Gemmae Antiquae Caelatae(古代世界の宝石彫刻)』(1724年、アムステルダム刊)はそのような古代のサインを掲載しており、そのことが新作だけではなく旧作にもそれらのサインを追加することを誘引した。このセッティングは、古代アートに色ときらめきを組み合わせた18世紀の趣味を要約している。
– ダブル・ポートレイト –
L46mm×W35mm
アゲートによる二つの頭像のカメオは、ひとつは横から見た男性で、もうひとつはまるで窓から見ているような正面を向いた女性である。彼のカールした髪は後ろで結ばれたバンドで縛られており、彼女のなめらかでストレートな巻き毛はその両肩に垂れ、また彼女は襟のあるドレスとネックレスを着けている。この16世紀のセッティングは、外枠に繋がる小さな4つの長方形によってプレーンなゴールドのリム(縁)に連接されている。そのフレームは、ブラックのシェヴロン(山形模様)と4つのエメラルドを模したグリーンの長方形にエナメルが施されている。このデザインは、ホワイトのシェヴロンとサファイアを模したブルーの長方形によって裏側にも繰り返され、ラングフォード一族を指すPaly Silver and Gules a Bend Silverのエナメルを施した家紋を縁取っている。
ダービーのレスター、ノッティンガム、シュロップシャーおよびウォーチェスターシャーの田舎に住まっていたラングフォード一族は、どの系譜に連なる人物がこのジュエリーを所有していたか確定することが不可能なほど大きな一族であった。これらのカメオは著名な男性と女性たちが並置されたその他のルネサンスの彫刻に見出されるタイプを代表している。例えば、フェラーラ公爵アルフォンソやルクレツィア・デ・メディチ(E.バベロン著『Catalogue des Camées Antiques et Modernes de la Bibliothèque Nationale (国立図書館の古代及び現代のカメオのカタログ)』(1897年、パリ刊)no. 953を参照のこと)彼らは双方ともに横顔で示されている。このカメオの興味深い点には2つの要素がある、ひとつは生身の人間をモデルにしたような非常に珍しいポーズ、二つ目はオリジナルのセッティングに留められたその伝存で、有名なイギリスの一族に帰せられるものである。