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ルネサンス ダイヤモンド クラスター クロス 

 

制作年 クロス: 16世紀
制作国 ポルトガル (推定)
制作者 未詳
素材 ダイヤモンド、ゴールド、シルバー
サイズ L73mm, W37mm H15mm

作品説明

ホッグバッグカット及びテーブルカット・ダイヤモンドをクラスター状に配した16世紀のクロスが、テーブルカット・ダイヤモンドとローズカット・ダイヤモンドが施された、17世紀スペイン・バロック様式のフレームにマウントされている。裏面には「無原罪の御宿の聖母マリア」のミニアチュールがセットされている。

中心部分は、元々は16世紀半ばから後半に作られた、ホッグバック・カットと一粒のポイント・カットのダイヤモンドをセットした、エルサレム十字型の宝飾されたペンダントだった。これらの石は研磨によって鋭角に仕上げられたオリジナルのゴールド製のセッティングに収められており、その上部はデザイン的にややはっきりしないが、同様のセッティングで長方形及び正方形のテーブルカット・ダイヤモンドが冠されている。この部分はマリア・アンナ・フォン・バイエルンが所有していた、宝石があしらわれたペンダントに類似したものであったはずである。これは彼女の『バイエルン公爵夫人アンナの宝石帳』の26頁裏面にハンス・ミエリッヒによって描かれている絵画に見ることができる。アンナはおそらくポルトガル製の、あるいはリスボン経由で入手したジュエリーをいくつか所有していたのであろう。しかしながら、アンナが所有していた作品の16世紀に作られた部分がポルトガルで製造されたかどうかを判断することはできない。

16世紀の中心部分を取り巻くゴールド製のフレームは、ペンダントの他の部分の製造と同時代、つまり17世紀中葉のものと思われる。その輪郭は裏面のヴェラム(上質皮紙)に描かれたミニアチュールの輪郭に呼応しており、その不規則な形状はフレームの他の部分と同様に明確にバロック様式である。両サイドのシルバー製フレーム部分にはテーブルカットとローズカットのみが使われている。C型の装飾と粒金による飾りは明らかにロカイユ様式を示し、セッティング部は突起する先端部をもつ研磨されたコレットにより形成され(高さのあるオリジナルのコレットの厚みから鑢により彫り出されている)17世紀半ばの宝石セッティングの様式と一致している。上部の王冠モチーフのダイヤモンドによる飾り輪にはこの作品で唯一のブリリアントカットであるクッションカットのダイヤモンドが使用されており、この作品がポルトガルで作られたことを考慮すれば17世紀半ばの製作年代と一致する。ポルトガルのジュエリーにおいてブリリアントカットが現れたのはかなり後になってからであった。

この作品が実際にポルトガル製である可能性は相当高いと思われる。それは17世紀のポルトガルのダイヤモンド ジュエリーに多く見られるC型のオープンワークの装飾や粒金の飾りだけではなく、ペンダントの図像学的な要素からも推測できる。ヴェラムのミニアチュールに描かれた「無原罪の御宿りの聖母マリア」(聖母の頭上に星の後光と聖霊を伴う)はポルトガルでは非常に重要な図像であり、こうした様相の聖母がポルトガルの守護聖人(「パドロエイラ」)であると考えられている。60年間のスペインの支配の後、1640年にポルトガルは王政復古を果たし、1646年に国王ジョアン4世がポルトガルの王冠を、スペインの支配から国を解放した「無原罪の御宿りの聖母マリア」に捧げることとした。

このペンダントにある王冠の形は同時代のアヴィス・キリスト勲章の記章に使われているものに類似しており、これら全ての要因がこの作品がポルトガル製であることを強く示唆している。

大変残念なことに、この種のダイヤモンド ジュエリーはポルトガルでは極めて希少である。その殆どが、1755年のリスボン大地震、津波、火事によって失われてしまったからである。この大災害によりリスボンの海岸沿いにあった宮廷人が暮らした王宮をはじめとする様々な宮殿は壊滅した。